法律上、贈与は口約束でも成立しますが、実務において「贈与契約書」を作成しないことは、地図を持たずに見知らぬ土地へ旅に出るような、非常にリスクの高い行為です。行政書士が契約書の作成を強く勧める理由は、主に**「税務上の立証責任」「紛争の未然防止」「法律上の確約」**という3つの大きな役割があるからです。
第一に、最も切実なのが税務署への対策です。年間110万円を超える贈与を行った場合、あるいは特例を利用する場合、税務署に対して「いつ、誰が、誰に、何を、どのような条件で渡したか」を客観的に証明できなければなりません。特に恐ろしいのは、贈与者が亡くなった後の相続税調査です。通帳に振込記録があるだけでは、税務署から「これは単に親が子供の名前を借りて貯金していただけ(名義預金)ではないか」と疑われるケースが多々あります。契約書が存在し、それに基づいた適切な資金移動が行われていることは、その財産が「もらった人のものである」と主張するための最強の証拠となります。
第二に、家族間のトラブルを防ぐ盾としての役割です。贈与者が亡くなった後、他の親族から「そんな話は聞いていない」「無理やり書かされたのではないか」といった疑念を持たれることがあります。日付を確定させ(確定日付の取得など)、署名捺印された契約書があれば、贈与者の生前の明確な意志を形として遺すことができます。これは、Q13で触れた「争続」を回避するための具体的な第一歩となります。
第三に、法律上の「撤回」を防ぐためです。民法第550条では「書面によらない贈与は、各当事者が撤回することができる」と定められています。つまり、口約束だけでは、渡す前ならいつでも「やっぱりやめた」と言えてしまいます。一方で、契約書を作成すれば、あげる側にとっても「確実に渡す」という覚悟になり、もらう側にとっても「確実にもらえる」という法的な権利(期待権)として守られることになります。
行政書士が作成する契約書は、単に名前と金額を書くだけのものではありません。「遺留分への配慮」「持ち戻し免除の意思表示」「負担付贈与の条件」など、将来の法的リスクをすべて洗い出し、条項に盛り込みます。この一枚の紙が、あなたの大切な資産と、家族の絆を守る「防波堤」になるのです。